藤田昌志 比較文化学のブログ

和・洋・中を比較文化学的に考察する。トピックは音楽、映画、本の紹介、歴史、文学、評論、研究等 多岐にわたる。

のちに平城天皇となる安殿 あて  2026.2.17 火

                      早良親王                   のちに平城天皇となる安殿 あて  長岡京遷都の担当者である藤原種継暗殺事件が起こると、桓武天皇はこれを早良親王(桓武の弟)の仕業と決めつけ、逮捕し、自分の息子、安殿 あて を皇太子にした。早良は流罪地に護送される途中、無罪を訴え食を絶ち死んだ。そして桓武は平安遷都を実行し、「蝦夷征伐」などの大事業を成し遂げ…

林羅山の儒家神道    2026.2.16  月

                 林羅山         林羅山の儒家神道  儒者林羅山(1583-1657)は徳川家康から家綱まで四代の将軍に侍講として仕え、当初は儒家というよりも博覧強記の学者として採用され外交文書や諸法度の草案の作成などに関与し、幕政の実務に貢献した。  その林羅山が神道思想へ傾斜を見せ始めたのは、晩年になってからのことだった。羅山を先駆とする儒家神道はおおむね神儒一致・神…

長渕剛 乾杯   2026.2.15 日

長渕剛 乾杯(歌詞付き)  AIによる概説 名曲『乾杯』は、1980年にアルバムの表題曲として誕生し、1988年にシングルとしてセルフカバー版がリリースされ、国民的大ヒットとなりました。 制作からヒットに至る背景には、私的な物語と当時の世相が深く関わっています。<button jsuid="D9Lvxd_n" tabindex="0" data-am…

笑ったり転んだり [ハンバート ハンバート]  2026.2.14 土

笑ったり転んだり [ハンバート ハンバート] 連続テレビ小説『ばけばけ』主題歌 10/1(水)配信リリース (歌詞付き)2024.2..6 を修正。   日に日に 世界が悪くなる   気のせいか そうじゃない   この二番の初めの歌詞は今の人びとの実感。   日本人には言霊信仰があり、不吉なことは言わないと   井沢元彦氏は言うが、この場合はそれが当てはまらないのか。いや、テレビでは一番しか流…

中江藤樹はキリシタンだったとする説   2026.2.14 土

中江藤樹    中江藤樹はキリシタンだったとする説  明治時代、フランス人外交官で日本史家レオン・パジェスの著作『日本切支丹宗門史』には、1626年(寛永3)、四国で「聖なる洗礼を受け爾来、優れた切支丹として暮らした」儒者がいたという記述があり、それは中江藤樹のことだという学説が日本で相次いで現れた。  藤樹の著作からもキリスト教的な面が読み取られてきた。『翁問答』の下巻で藤樹は「太虚」について…

中島みゆき/ひとり上手   2026.2.13 金

中島みゆき/ひとり上手[漫步人生路日文原曲] AI による概要  1980年10月リリースの中島みゆき「ひとり上手」は、 フォークからポップスへ移行する時代に40万枚以上を売り上げ、彼女のブレイクを決定づけた代表曲。70年代の「暗い」イメージを引き継ぎつつ、都会的な孤独や失恋のどん底を歌い、当時の若者の共感を呼んだ。 「ひとり上手」の時代背景と詳細<button jsuid="f…

なぜ平家は源氏に敗れたのか? 2026.2.12 木

            平清盛        なぜ平家は源氏に敗れたのか?  墾田永世私財法によると、開拓した土地を所有できるのは藤原氏など中央の貴族、あとは興福寺や延暦寺、東大寺などの大きな寺社に限られていた。武士がいくら土地を開拓しても非合法の土地所有で、国家の土地を勝手に開拓しそこから収益を上げていることになってしまった。  それでも開拓にいそしみ財産を蓄えたので平清盛は太政大臣にまでなれ…

プリンセス プリンセス 『Diamonds <ダイアモンド>』  2026.2.11  水

プリンセス プリンセス 『Diamonds <ダイアモンド>』                           1988年から1989年にかけて時代は昭和から平成に移り変わり、音楽フォーマットもレコードからCDに移行している。1988年2月21日に8cmシングルCDが登場し、音楽の聴き方が大きく変わることになるのだが、そんな時代の分岐点に発売された「Diamonds」は、平成初のミリオンセラ…

ダライ・ラマ14世    2026.2.10 火

                      ダライラマ14世                 ダライ・ラマ14世  ダライ・ラマ13世が死んだのが1933年である。直ちに次代のダライ・ラマになるべき「霊童」すなわち霊位ある子供の探索が始まった。この霊童を転生者というが先代のダライ・ラマの生まれ変わりという意味である。  先代のダライ・ラマが死んで2年目の1935年に現在のダライ・ラマ14世が発見…

殯  もがり  2026.2.9 月

           仲哀天皇殯斂地  斂 レン は「収める」意。      殯  もがり   殯とは死後、その人間の遺体を一定期間以上、地上に安置すること。そのために仮の宮を建てる。これを殯宮といった。貴族、一般庶民も行うことがあったが、長期にわたって行い、さまざまな儀式を挙行した点では天皇家の場合が際立っていた。  殯は霊と肉の分離が徐々に進行している状態を言ったものである。分離された「天皇…

トンボ / 長渕 剛   2026.2.8 日

トンボ / 長渕 剛 (歌詞入り)       長渕剛 1988年 2月5日、アルバム『乾杯』に収録されていた『乾杯』を8年振りに新録しリリース、ミリオンセラーとなる。 6月19日、コンサート会場として、初めて東京ドームに進出。 10月7日、主演したテレビドラマ『とんぼ』(TBS系列)放映開始。 10月26日、同ドラマのタイトル曲となる『とんぼ』をリリース、ミリオンセラーを記録する。      …

日本の陽明学、朱子学    2026.2.7 土

                   熊沢蕃山    日本の陽明学、朱子学  日本における陽明学派の源流は近江聖人と言われた中江藤樹であり、その一番弟子が熊沢蕃山である。  蕃山の思想は、現状に合わせて儒教を変革するもので、戦国の世でない江戸時代の今は、兵士も田を耕せばよい、そうすれば米の収穫も増え、給料を払わなくてもいい、藩の経営状態も改善されると言ったものであったので大名にも人気があった。朱…

中島みゆき!悪女   2026.2.6 金  ①

中島みゆき!悪女!歌詞付き!1080 HD  2026.2.6 ①              1982年の歌。                             2026.2.6  金曜日   追伸   今日はもう一つあります。今はやりの歌に雑感を付けました。   午前9時にアップ予定。乞うご期待。

薩長土肥雄藩の共通性    2026.2.5 木

            薩長土肥の偉人たち     薩長土肥雄藩の共通性  薩長土肥雄藩の共通性は財政改革に成功したことと朱子学に完全には毒されなかったことである。四藩は自力で西洋から軍艦を買ったり鉄砲を仕入れたりできた。  長州藩は新田開発を積極的に行い、石高は37万石だが、幕末には実高は1000万石に達したと言われる。 井沢元彦(2018)『学校では教えてくれない江戸・幕末史の授業』PHP …

大滝詠一 / 君は天然色   2026.2.4 水

大滝詠一 / 君は天然色 // Eiichi Ohtaki / Kimi wa tennenshoku      浮かれたような 軽快な ちょっと不安な                        あの時代の歌。                                2026.2.4   水曜日

斎藤実  2026.2.3 火

                        斎藤実     斎藤実  さいとうまこと  1936年(昭和11)2月26日。内大臣斎藤実は弾丸を47か所に受けて死んだ。二・二六事件である。  斎藤実は1858年(安政5)に岩手県水沢に生まれ、海軍兵学校に進み、在学中、級長で通した、堅物の優等生。原敬に引っ張り出され、朝鮮総督になり、一般警察による文治に統治政策は変わった。官吏や教員の軍服帯剣は…

田中義一  2026.2.2 月

                   田中義一        田中義一  1927年4月、政友会の田中義一内閣が成立した。田中義一のアカ嫌いは徹底したもので、労働争議に介入してリーダーを拘束したり、帝大教授を追放処分にするなど各方面で激しい弾圧政策をとった。  田中の積極外交は中国への武力侵出であり、中国への支配力を広げようとするものであった。「田中上奏文」は偽物であったが、世界征服のためにまず…

空に星があるように    2026.2.1  日

空に星があるように         いい歌である。         この人もいろいろあったが、いい歌はいい歌である。                                  2026.2.1 日曜日

桂太郎     2026.1.31  土

                        桂太郎      桂太郎 桂太郎は1847年、長州藩に馬廻り役125石取りの長男として生まれている。ヨーロッパ自費留学の夢を持っていて、フランスに渡ったが、普仏戦争のさなかで、パリはドイツ軍に囲まれていてドイツ留学に転向する。  1872年、8月、岩倉欧米使節団一行がベルリンに到着すると、留学中の桂は岩倉たちにドイツの国情を説明し、ドイツ陸軍の制度…