柳田國男と折口信夫 2024.10.29 火

柳田國男と折口信夫
折口信夫は明治の西洋の輸入学問を批判し、同様に輸入学問を批判した柳田國男の学問に心ひかれた。日本の隅々まで旅をして多くのものを見て実感し考える。そのような学問を折口信夫は目指していた。
柳田國男の学問は「神」を目的としていると折口は述べている。柳田は貧しい日本の農村に極めて豊かな文化があるのはなぜかということを学問の出発点にし、村のお地蔵さまや道祖神への信仰を研究対象とした。そういう学問を柳田から学び、その柳田を追いかけて折口信夫は学問をした。そして、折口は民俗の持つ文化、民族性やエトスを追求しようとした。
もっとも、柳田は見ることのできるものから古いものを考えていったが、折口は常に古典を念頭に置いて物事を考えるという学問スタイルであった。
折口は物事の同じ性質を見出していく「類化性能」に長け、違いを見出していく「別化性能」に不足があるようであると自ら述べている。折口の著作は時代を飛び越えて同じものがたくさんあるように見えてしまうきらいがある。
折口信夫は伝統を重視する過激な保守主義者だったが、その伝統を守るために日本が変化しなければならないと考えていた。折口は和魂をもって西洋の文化を取り入れよう、そして自分たちの文化を見直していこうと力説している。
上野誠(2022)『折口信夫「まれびと」の発見』幻冬舎 pp.204-227
ノート
「類化性能」というのはよく問題になる。日本語語源研究でも、なんでもアイヌ語や朝鮮語に語源を見出す民間研究家がいて辟易としたことがある。「類化性能」「別化性能」の両方をみるのが客観的でセンスのいい研究だろう。
折口信夫という人は霊を研究対象にし、天皇の儀式や和歌についてもユニークな論を展開している。
民俗学については、柳田國男の言説について説明するようなものになっているとしたら、残念である。
柳田が民俗現象を比較検討することによって合理的説明をつけ、日本文化の起源に遡ろうとした帰納的傾向を所持していたのに対し、折口はあらかじめマレビトやヨリシロという独創的概念に日本文化の起源があると想定し、そこから諸現象を説明しようとした演繹的な性格を持っていたとされる。 この段落、ウィキペディア閲覧
今の学問研究は実証的研究花盛りで、柳田や折口のような独創的研究者を許さないのは、なんともやるせない。
2024.10.29 火曜日