藤田昌志 比較文化学のブログ

和・洋・中を比較文化学的に考察する。トピックは音楽、映画、本の紹介、歴史、文学、評論、研究等 多岐にわたる。

日本美術の流れ⑨ 如拙『瓢鮎図』2024.11.2 土

比較文化学的

   

       如拙 じょせつ『瓢鮎図』ひょうねんず
 日本に水墨画が入ってくるのは13世紀の中頃である。禅宗は不立文字であるだけに思想を伝えるのに象徴的な芸術表現を借りる。禅的な芸術意欲の発露として芸術に携わる芸術的性格の禅僧も出てくる。たとえば牧谿がそうである。水墨画は最初、寺院で行われた。
 中国の厳しい宋元画はたやすく日本人の感覚に溶け込めなかった。ところが15世紀にひとりの優れた禅僧画家が現れる。如拙 じょせつ である。如拙の『瓢鮎図』ひょうねんず
 は足利義満の居間の衝立に描かれたものである。その衝立の裏に五山の禅僧が讃を書いている。讃の最初の序文に「僧如拙をしてこれを描かしむ」とある。ちょうど相国寺ができて間もない1392年8月のことである。
 如拙は、「大巧は拙なるが如し」という言葉から絶海中津が与えた名で、画人としての名である。絶海中津はそのときの相国寺住持で優れた禅僧である。
 『瓢鮎図』は自己の禅的精神(禅機)を象徴的に表現した作品から絵画的な芸術意識が濃厚になってきた時期の過度的性格を持っている。
                                                                                   源豊宗(昭和52) pp.120-130


         ノート
 このブログの背景は『瓢鮎図』。瓢箪でナマズ(鮎)をつかまえようとする、顔が狐のような人間が描かれている。できもしないことをしようとする人間の業をあざ笑うかのような象徴的作品である。


                             2024.11.2   土曜日

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