藤田昌志 比較文化学のブログ

和・洋・中を比較文化学的に考察する。トピックは音楽、映画、本の紹介、歴史、文学、評論、研究等 多岐にわたる。

作品と生活 芸術と実行の二元論 2025.2.11 火

比較文化学的

             三島由紀夫
    作品と生活 芸術と実行の二元論
 三島由紀夫 「作品と生活との相関関係ということが、私小説の根本理念ですから、その相関関係を断ち切ることは、絶対できない。私の場合は、作品における告白ももちろん重要ですけれども、実は告白自体がフィクションとなる。作品の世界はかくあるべき人生の姿ですからね。もし、自分が作品に影響されてかくあるべき人生を実現できれば、こんないいことはないわけですけれども、遂にそうなれないというのが人生でしょ」
                         西尾幹二(2008) p.100
    ノート
 作品に理想を書き、その理想に影響されて理想の人生を実現できれば、こんなにいいことはないと三島は言う。三島は不本意な人生をそのまま告白し語る多くの日本の作家、太宰治などを嫌った。cf.西尾幹二(2008)pp.101-102
     しかし、それは三島の隠された姿だったのではないか。惰弱で虚弱で貧弱な肉体を持つ自分。その自分をボディビルで改造し、理想の姿によって、自分が理想の精神になったと錯覚したのではないか。三島自身が述べている。「健康な精神は健康な肉体に宿る」は正確には「健康な精神は健康な肉体に宿れかし」という願望であると。
     自分が嫌いだという人は、「あるべき理想の姿の自分」で自分を断罪している場合が多い。まず自分を好きになることがよく生きるための第一歩だと言った人がいる。「自分」とは何かと考えると、様々な「自分」がいるから、今いるところで、なすべきことをなしている「自分」になることの積み重ねが「自分」を好きになることの第一歩なのかもしれない。


                               2025.2.11  火曜日

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