藤田昌志 比較文化学のブログ

和・洋・中を比較文化学的に考察する。トピックは音楽、映画、本の紹介、歴史、文学、評論、研究等 多岐にわたる。

荻生徂徠、賀茂真淵、本居宣長  2025.2.18 火

比較文化学的

     

    荻生徂徠、賀茂真淵、本居宣長
 荻生徂徠は朱子学の否定に大いにあずかり、伊藤仁斎もそうである。
 徂徠は「文は秦漢、詩は盛唐」と古文辞学を提唱し、前漢以前の古文書のみに真実を求め、後漢以後の本は読まないと豪語し、南宋朱熹の朱子学の硬直を叩いた。
 古文辞学は日本の古典を究めようとする国学を生み出し、賀茂真淵は儒教以前の日本の始原の社会、古代社会は純朴な民の心によって自然の秩序が成立していたとし、万葉の時代こそ権威あって権力なき理想郷(=万世一系の天皇を戴く日本!)だとし、『万葉集』の研究に打ち込んだ。賀茂真淵の指し示した道をまっすぐに「国体論」に導いたのが本居宣長である。
                                                                    西尾幹二(2012)  pp.232-234
         ノート
 学問の影響関係の歴史が面白い。中国礼賛主義の荻生徂徠は異民族王朝の清を認めず本当の中華を求めて古文辞にたどり着いた。それが日本の始原を求める刺激となって、賀茂真淵は日本の原始をたずね、『万葉集』研究に打ち込み、それが本居宣長を「国体論」に導いた。わかりやすい解説である。教科書には荻生徂徠の影響によって国学が生み出されたことは書かれていない。
 江戸時代の儒者は朱子学をべーストしつつも、陽明学や国学など相反する学派とも自由に交流していたというのはよく言われることである。先にブログで書いた頼山陽と大塩平八郎の交流なども面白い例である。そうした人間関係を教えないから、学校の日本歴史は面白くないものになっている。

                                    2025.2.18        火曜日

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