「日出処の天子」の「天子」について 2025.7.14月

日出処天子
「日出処の天子」の「天子」について
井沢元彦(2008)『逆説の日本史⑮近世改革編』は「日出処の天子」は「日出処」が単純に「東」を意味するとしても(河上麻由子(2019)『古代日中関係史』中公新書 ではその意味が現在、通説となっているとしている。 pp.96-97)それを「天子」という言葉の修飾語に使った以上、この言葉自体一つの主張を持つと考えた方が論理的整合性があるとしている(p.403)。「天子」は中国と対等の意味の「天子」だと言うのだ。「日出処」も「日本」の語源だと確信していると言う(同)。
河上麻由子(2019)は「天子」は『金光明経』の「天子」の意味のごとく「諸天に守護され、三十三天から徳を分与された国王」(複数)と解すべきで、従来の中華思想上のただ一人の意味の「天子」ではなく、倭国の書状の形式が私信に使われる「書を致す」であったこと、そして倭王が「天子」を自称するのは仏教後進国のくせに不遜であると不快感を示したのは当然であったと解釈している(pp.87-89)。つまり、「天子」は複数の仏教的な有徳の王を意味し、中華思想の唯一の「天子」ではないが、倭国の書状が「書を致す」と形式的に私信の形だったので隋の煬帝は怒ったとしている。
井沢元彦(2008)の「天子」「日出処の天子」の解釈は主観にすぎると言えよう。井沢氏は怨霊信仰を認めない、そして史料第一主義の学界を批判するが、学界の最新の研究動向にも謙虚に耳を傾けるべきであろう。文章に引用、出典を注記しないのは研究として評価されないであろう。
2025.7.14 月曜日