戦前日本の外交史 2026.2.28 土

満蒙
戦前日本の外交史
日本の勢力範囲は1890年当初の朝鮮半島から日露戦争後の1905年に満洲へ移り、さらに7年後の第三次日韓協約によって東部内蒙古へと拡大した。これを機に、満蒙権益の拡張と確保、維持は日本外交にとっての宿命的課題へと上昇した。同時に中国市場での巻き返しを狙うアメリカとの協調という相矛盾する課題を背負い込んだこともまた、日本外交の宿命となったのである。
そうした矛盾をはらんだ両義的な外交政策を生み出したのが、ほかならぬ小村寿太郎であった。それは同時に、満蒙権益を第一義的に追求する日本外交の誕生を意味した。これが後、「霞が関外交」の基盤になり、正当となっていく。
熊本史雄(2025)『外務官僚たちの大東亜共栄圏』新潮新書 pp.46-47
ノート
主権線と利益線という山縣有朋の権益論を踏まえていえば、日本は利益線を朝鮮から満蒙に拡大して、それを基礎としたということである。その膨張路線の始まりは小村寿太郎であった。小日本主義を提唱した石橋湛山が正しかったのではないかと今さらながらに思う。
2026.2.28 土曜日