藤田昌志 比較文化学のブログ

和・洋・中を比較文化学的に考察する。トピックは音楽、映画、本の紹介、歴史、文学、評論、研究等 多岐にわたる。

鶴見俊輔⑦ 2026.3.19 木

比較文化学的

                                          鶴見祐輔


  鶴見俊輔⑦ ハーヴァード大の入学方法

 1938年(昭和13)春、鶴見祐輔(俊輔の父)はマサチューセッツ州ケンブリッジに息子、俊輔を伴い、親しいハーヴァード大学の米国史家アーサー・シュレジンガーを訪ねている。用件は俊輔のハーヴァード大学への進学に手はずをつけておくことだった。アーサー・シュレジンガーは、この時期、前後して二人の日本人の若者に個人面談を行っている。当時の米国の名門校では、入学の可否判定に向けて、まずこうした個人的な面談による試問が重きをなしていた。

 シュレジンガーはまず近衛文隆(当時の首相、近衛文麿の長男)を面談し、その後が鶴見俊輔だった。彼の判断として、近衛はプリンストンに、鶴見はハーヴァードに向くだろうというもので、その旨の情報を大学に送ったらしい。

                         黒川創(2018)  pp.80-81

                 ノート

 林芳正氏は、ハーバード大学ケネディ・スクール(大学院)で研究員として学んだ経歴を持っているが、学位取得(卒業)はしていない。 ハーヴァード大学には特別枠があって、有名人、政治家の縁故で入学、研究する道があるようだ。

 小泉進次郎氏も、かくすべく渡米して、コロンビア大学の大学院で修士号を取得している。入りにくく出やすいのがアメリカの大学院である。

  • 「小泉氏が(縁故などの)「コネで潜り込んだ」可能性は否定できませんが、大学側からすれば「将来の日本のリーダーを育てた」という実績が欲しいため、Win-Winの関係で受け入れたと言えます。」(AIによる概要)
  • ということであり、修士号自体がビジネスの対象となっていて、修士論文もなし、修士論文テーマの不公表というおかしなアメリカの習慣もあるので、それを差し引いて考えなければならない。単位のレポートを提出すれば卒業できるシステムがアメリカの修士課程にはある。へたくそな訳のわからない英語で書かれた修士論文を読む手間を省いているのであろう。アメリカは何でも「金儲け」に結び付ける国、そういう文化のある国である。
  • 日本の大学でも卒業論文を提出しなくてもいい私立大も多い。
  • 「社会科学系(法・経済・経営など): 卒論を必修としているのは約44%にとどまります。つまり、約56%の学部では卒論を書かずに卒業できる計算になります。特に学生数が多い大規模な学部ほど、指導教員一人あたりの学生数(ST比)が高くなるため、卒論を「選択制」にする傾向が強いです。」(AIによる概要)
  • 最近は日本でも博士号を取らないと大学教員になれないが、狭いテーマを分析的に考察して博士号をとっているだけで、幅広い教養のある大学教員はまれである。とりわけ、理系の教員は人文の教養がないので、原子力発電の研究をして東北大震災のような人災を引き起こす輩がなんの恥も感じず、のうのうと生きているケースがある。


                            2026.3.19  木曜日

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