明治維新について ③ 2026.6.25 木

明治維新について ③
「出たい、出たい。どうにもならんほどあしは東京に出たい」子規は『坂の上の雲』で言う。この思いは敗れた側の人間の一発逆転の思いと言っていいであろう。東京は敗者にとっての、いわばフロンティアだったとも言える。
近代の東京は、二つの相反する顔を持つ。一つは近代を作った側。その主力は実は地方から出てきた薩長勢力なのだが。もうひとつは永井荷風に代表される敗れた旧幕側に心を寄せる少数派。「旧幕」か「維新」か。
明治は戊辰戦争に勝った側の薩長の人間と、敗れた側の人間の葛藤の中にあると言っていい。司馬遼太郎はその勝者と敗者がせめぎ合う混乱した東京を『坂の上の雲』で描き出したと思う。
pp.114-115 川本三郎(2015)
ノート
司馬遼太郎が明治の立身出世者を肯定的に描いたことは、1960年代の高度経済成長期のサラリーマンの心の支えとなった。日本近代にも「明治の青春」があり、それは輝かしいものであったと。左翼の暗い明治像が主流の時代に、実証的手法で資料に語らせるような書き方も左翼イデオロギー中心の硬直した書き方に対するアンチテーゼとなった。
しかし、それだけで、それ以上のものは書けなかった。乃木の殉死について、ノモンハンについて何も書けなかった。明治、大正は善、昭和は悪という立て分けもなんの根拠もない思い込みに過ぎない。両論併記すると、そういうことになる。
2026.6.25 木曜日