安岡正篤 ③ 2026.10.6 火

安岡正篤
安岡正篤 ③
三木清より一つ年若で、林達夫と第一高等学校で同期だった安岡は、ポスト教養主義の中で内面へ沈潜するか、外面の客観的認識に徹するか方路を選択しなければならなかった。が、安岡には漢学や文人との付き合いという「型」が豊富に残っていて、それだからこそ教養主義や人格主義の右翼化という奇妙とも言えるベクトルを探求することになった。
安岡は「底流としての自己」が「天子」であり、その声を伝えるのが「官」であると言う。
安岡の「錦旗革命論」は「革命は天子の作用」つまり、天皇が革命の唯一の主体であるということで、正しい革命を起こせるのも天皇だけで、下からの革命は封じ手となる。よって、下からの革命をもくろむ北一輝や大川周明にとって、安岡は最悪の思想家となった。
pp.126-136
片山杜秀(2007)
ノート
安岡の「革命」は「底流としての自己」=「天子」=「天皇」が革命の唯一の主体であるという、上、下をあいまいにしたものである。二項対立的に上、下をとらえ、下からの革命をもくろむ北一輝や大川周明とは異なる、よく言えば体制内変革をもくろむ保守的な種類のものであった。
2026.10.6 火曜日