中江藤樹・熊沢蕃山・横井小楠 2024.10.1 火

中江藤樹・熊沢蕃山・横井小楠
林羅山は熊沢蕃山の名声に嫉妬し、蕃山がキリスト教と関係があると誣いたが、蕃山は中江藤樹を道を求める一人の優れた先達として尊敬しながら、自由に師の心を心としながら思索と実践を深めていった(源了圓(2021)p.67)。
中江藤樹と熊沢蕃山には「平等」原理の尊重という共通項がある。中江藤樹は「孝」を重んじていたが、それは天帝の主宰者(=人格神)に対する「孝」へと発展する可能性があったという意味でキリスト教的な傾向を持った儒者であったし、蕃山が「花園盟約」で武士は人民を守護育成すべしとし、知良知に基づく慈愛と勇強の文武の涵養が学問の目的とされ、それは「講学」=集団的学習や「朋友」を重んじた 陽明学派の当然の行動であった(同p.68)。蕃山も宗教的傾向の強い人であった。
蕃山の人民のための政治という一種の普遍的な理想主義は幕末の横井小楠の政治思想の先駆をなしている(同p.69)。
ノート
横井小楠はキリスト教を布教しようとしていると誤解され、暗殺されている。中江藤樹・熊沢蕃山・横井小楠には「天」をキリスト教的な「人格神」と同一視するところで共通点があったということであろう。源了圓氏はそのように考えている。
「天」については①理の存在としての理想としての天②キリスト教的な人格神としての天③自然科学のとらえる人間と全く関係のない自然としての天―の三つがある。
2024.9.25 木曜日