神はいずこにいるか? (2) 2025.1.3金

御金神社
神はいずこにいるか? (2)
『沈黙』から30年。
遠藤周作の最後の作品になった『深い河』には大津という名の人物が登場し、「日本人の心にある基督教」を考えることを一生の課題として背負う。西欧の神を信じることが出来ずにいつの間にか自分の神を求めてインドの果てまで遍歴の旅を重ねてしまった大津はガンジス河のほとりで老いてガンジス川のほとりで息絶える老婆たちの死体を死体置き場に運ぶ仕事を無償でしながら、こうつぶやく。
「さまざまな宗教があるが、それらはみな同一の地点に集まり通ずるようになる道である。同じ目的地に到達する限り、我々がそれぞれ思った道々をたどろうとかまわないのではないか」
山折哲雄(2001)「日本人のキリスト教」『近代日本人の美意識』岩波書店所収p.225
ノート
宗教といってもいろいろある。大きくは自力と他力に分けられるだろう。また、超能力的なものを重んじる真言宗や内面を見つめようとする禅宗、象徴的宗教語を唱えることを勧める浄土教、日蓮宗など。浄土教は絶対他力宗でキリスト教と同じだと言ったのは内村鑑三である。日本の宗教は現世利益が多い。「困った時の神頼み」とはよく言ったもので、困ると神社に行って「助けてください」とすがるのは日本の文化のようになっている。私の家の近くに御金神社 みかねじんじゃ があって、神頼みの人たちがたくさん訪れることは以前、述べたことがあるが、もともとは金属を祭る神社であるのに、「おかね」と勘違いして(=金を「金属」ではなく「金銭」の意味に読み違えている。)、多くの人が拝みにやってくる。困った時の神頼み、藁をもすがる思い。唯物論を信じる人はそういう現世利益者を軽蔑していたが、似たようなものである。「科学的社会主義」という名にすがる他力宗ではないか。マルクス主義は権力の集中がどれだけ人の自由や生命を奪うかという問題を解決できなかった。権力を握ったら、多くの人は変わる。レーニンは、もっと人々を締め付けないといけないと言っている。国会議員は国会の赤いカーペットを踏んだら、人が変わると言われる。勿論まともな人もいるだろうが。権力と金が人を狂わせる。ない者ほど餓鬼のように欲しがる。そして、ない者のほうが圧倒的に多いから拝金主義は今や世界のチャンピオンである。アメリカさんのご先導のもとに。
2025.1.3 金曜日