竹田の子守唄(元唄) 2026.9.18 金
AI による概要
『竹田の子守唄』の元唄は、明治から大正時代にかけて現在の京都市伏見区竹田(当時は紀伊郡竹田村)周辺で歌い継がれていた民謡(守り子唄)です。背景には、当時の貧困や過酷な児童労働、被差別部落における歴史的状況がありました。
時代背景と歴史的要因
貧困と奉公(子守の労働)
明治〜大正期、貧しい家庭の少女たちが幼くして他家へ「子守奉公」に出されることが日常でした。
守り子(子守をする子供)は、自分より小さな赤ん坊を背負い、朝から晩まで働かされていました。
被差別部落(在所)の苦難
元唄が生まれた竹田地区は、歴史的に厳しい差別の下にあった地域(在所)です。
貧困と社会的差別の二重の苦難を抱える中、幼い少女たちが過酷な労働のつらさや望郷の念を紛らわせるために歌い継いだ労働歌・生活歌でした。
歌詞に込められた意味
「守りも嫌がる 盆から先しゃ 雪が舞う」
お盆の時期を過ぎるとすぐに寒くなり、雪が舞う季節まで子守のつらい仕事が続くことへの嘆きが込められています。
「盆が来たらば 帰れるやろか」
親元を離れ、奉公先で「お盆になれば実家に帰れるだろうか」と切実に願う少女の孤独が表現されています。
その後の経緯
昭和の採譜とうたごえ運動
戦後、昭和の「うたごえ運動」の展開の中で、地元の女性などからこの元唄が採譜・収集されました。
赤い鳥によるヒットと放送禁止
1969年にフォークグループ「赤い鳥」がアレンジしてレコード化(1971年発売)し全国的に大ヒットしました。
しかし、歌詞にある「在所(ざいしょ)」という言葉が被差別部落を連想させるとして、当時は事実上の放送禁止歌として扱われる歴史も持ちました。
2026.9.18 金曜日