藤田昌志 比較文化学のブログ

和・洋・中を比較文化学的に考察する。トピックは音楽、映画、本の紹介、歴史、文学、評論、研究等 多岐にわたる。

戦争が「国民」を生んだ    2026.9.22 火

比較文化学的

      国家は領域確定のために軍事力を持たなければ成り立たない。       

     戦争が「国民」を生んだ 

 憲法や議会が作られただけでは「国民」は生まれません。「国民」形成の大きな契機は国外にありました。

 1894年(明治27)、日清戦争が勃発し、日本は清から巨額の賠償金を得て、工業化を進め、日本は「アジアの近代国家」とみなされるようになります。約24万人が動員され、17万人以上が国外に送られ、これは兵役対象者のおよそ5パーセントに当たります。

1904年(明治37)の日露戦争では、100万人を超える兵力が動員され、8万4000人の戦死者を出し、ポーツマス条約に反対する集会が開かれ、日比谷焼き討ち事件に発展しますが、これこそ国民の参加意識の高まりで、戦争でナショナリズムが形成されたのです。

 正岡子規による『万葉集』が「国民文学」として再発見され、それは日清、日露の戦間期にあたる1898年のことでした。天皇から庶民まで歌を媒介につながるというイメージがまさにナショナリズムの時代にぴったりでした。

        pp.98-100

                                                            片山杜秀(2020)『皇国史観』文春新書

       ノート

 国民国家は国家というハードと国民というソフトの両面があって初めて成立する。国民というソフトは戦争によって生まれる。より正確には排外意識によって生まれるのである。国民国家は1648年のウェストファリア条約以来のもので、国家は領域確定のために軍事力を持たなければ成り立たない。そろそろ国民国家を超える新しい思想が出てきてもいいはずだ。

 国際共産主義によって国家は消滅するという幻想いまいずこ。昨日、ロシアはプーチンが七割以上の支持を選挙で得たと豪語している。


                              2026.9.22 火曜日

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