藤田昌志 比較文化学のブログ

和・洋・中を比較文化学的に考察する。トピックは音楽、映画、本の紹介、歴史、文学、評論、研究等 多岐にわたる。

新羅・渤海と日本 ①  2026.9.24 木

比較文化学的

     

         新羅・渤海と日本 ①

 八世紀の奈良時代に日本が国交を結んでいた国は唐・新羅・渤海の三か国だった。

 渤海は唐と武力衝突をすることもあることから、基本的にに日本と対等で遣使を行いながらも比較的柔軟な姿勢を示した。これに対して、新羅は七世紀の後半、唐と連携して百済と高句麗を滅ぼし、日本を白村江の戦で退けた。新羅は唐と対立し、吐蕃の侵略に対応するための唐が朝鮮半島から撤兵すると、統一新羅ができた。唐との対立は解消されたわけではなかったので、唐との対抗上、日本に接近し、頻繁に使者を派遣し、朝貢の立場をとらざるを得なかった。

 7世紀から8世紀初めごろ、新羅と唐の関係が改善すると、新羅は対等外交を展開しようとし、朝貢関係を求める日本とトラブルが起こるようになる。  

                          pp.146-152

         山内晋次(2013)『NHKさかのぼり日本史〔9〕平安・奈良 外交から貿易への大転換 :なぜ大唐帝国との国交は途絶えたのか』NHK出版

       ノート

  新羅の日本への対応は唐との連携や対立によって目まぐるしく変わる。日本に朝貢したり対等外交を展開したり。日本も唐、新羅連合軍が攻めてくるのではないかと恐怖し、天智天皇は大津京に遷都したり、新羅に朝貢を求めたり。中国に中華主義があるように、周辺国にも小中華主義があるので、近隣国とは関係がぎくしゃくすることが多い。政治だけでなく、経済、文化、歴史と多面的に過去の関係を知り、賢明な関係を築いていくしかない。自己の相対化を比較文化学は目指す。


                             2026.9.24  木曜日

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