藤田昌志 比較文化のブログ

和・洋・中を比較文化学的に考察する。トピックは音楽、映画、本の紹介、歴史、文学、評論、研究等 多岐にわたる。

カンボジアのこと


  カンボジアのこと
 市ヶ谷から幡谷へ。30年以上前、日本語教育、日本語教材作成の仕事をしていた。上司はカンボジアで日本語を教えていた人で、カンボジア人と結婚して、二児をもうけていた。フランス語の通訳資格をもっていて、フランスで何年か働いていた人だが、大学を出ていないので、不遇の人だった。筑波大学で働く話もあったそうだが、大学を出ていないことと論文を書いたり日本語教科書をつくったり研究業績がなかったから、大学での職は無理だった。
 その人の奥さんは、日本人と言っても通る色白の美人であった。ボパナと言う名前で、カンボジアの首相になる予定だった人の娘だったが、家族はすべてポルポトに虐殺されていた。時々、夢でうなされて、夜中に眼をさますとのことだった。
 クメールルージュのポルポトは中国の文化大革命の真似をして、旧世代を虐殺して、新世代に新しい革命思想を吹き込み、洗脳しようとしたが、そんなことができるはずもなく、カンボジアは混乱した。
 私は30代前半に大学院に入りなおしたので、その上司とは関係は途絶えたが、離婚して、すでにこの世にはないと人づてに聞いた。28歳くらいから32歳くらいまで、毎週、その上司と1、2回、酒を飲んでよもやま話をした。妙に気があった。

 大学に行っていないことは関係ないが、自分の思い込みに非常にこだわる人で、「自分の頭で考える」ことを20代前半に自分の信条にしたとのことだった。本を読まない人は我見にこだわり、いくら言ってもそこから考えを変えようとしない人だった。ハーフの娘さんはジャズシンガーになったとのことである。
                         2023.5.5  金曜日











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