藤田昌志 比較文化のブログ

和・洋・中を比較文化学的に考察する。トピックは音楽、映画、本の紹介、歴史、文学、評論、研究等 多岐にわたる。

 有吉佐和子(1967)『華岡青洲の妻』新潮社     2023.12.18

       

  有吉佐和子(1967)『華岡青洲の妻』新潮社
 嫁と姑の確執の物語である。麻酔薬の完成のために青洲の妻、加恵(かえ)と青洲の母親、於継(おつぎ)が張り合って、麻薬の実験台になるが、加恵は失明してしまう。
 この物語は於継の子、小陸(結婚せず華岡家の家のなかを取り仕切っていた)の次の言葉でより深い内容のものになっている。
 「兄さんの青洲はお母はんと嫂さんの競い合いを知っていて、二人に薬を飲ませた。どこの家の女同士の争いも結局は男一人を養う役に立っているのとは違うかしらん。私は結婚せんかったが、し合わせやった。嫁にも姑にもならいですんだんやもの。」
 物語の最後は「家」のためというのは「男」のためであったことを暗示する次の文で締めくくられている。
 「この墓(注: 青洲の墓)の真正面に立つと、すぐ後ろに順次に並んでいる加恵の墓石も、於継の墓石も視点から消えてしまう。それほど大きい。」
 嫁も姑も「家」の犠牲になり、「家」の功は男が一人占めしていると有吉佐和子は言っているような気がする。
 有吉佐和子氏はタモリの「笑っていいとも」に出演した時、一時間、全部、自分のテレフォンショッキングに使ってしまったことで有名である。前日の俳優、有島一郎へのタモリの態度が失礼千万だというのが直接の理由だった。義憤に駆られるタイプの人なのだろう。
 有吉佐和子氏の文章は理知的で、張り詰めたものがあるが、深い情感も感じられる。
 氏は53歳で急逝している。凝縮した生を駆け抜けていった感がある。氏の『恍惚の人』も老人介護の問題をいち早く取り扱った優れた作品である。ボケることを忌み嫌うこととだけとは考えていない深い人間洞察がある。


                        2023.12.18      月曜日

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