藤田昌志 比較文化のブログ

和・洋・中を比較文化学的に考察する。トピックは音楽、映画、本の紹介、歴史、文学、評論、研究等 多岐にわたる。

煩悶青年の世界観      2024.2.26

     

 藤村操 華厳の滝投身自殺前に記した「巌頭感」にある言葉
 始めて知る大なる悲観は大なる楽観に一致すると


 煩悶青年の世界観 
 明治後半の藤村操等の煩悶青年の世界観は、一方で宗教と、他方でユートピア的な国体論と結びつきやすかった(p.105)。
  宗教を経由して、日本的な全体主義が生まれた(同)。中島岳志 島薗進(2016)


  ノート
 ここで言う宗教とは親鸞主義や日蓮主義のことである。
 ユートピア的な国体論とは、親鸞主義に基づく国体論や計画的な日蓮主義に基づく国体論のことを指す。
 吉野作造は大正デモクラシーの旗手であるが、吉野の東大の卒業論文は「ヘーゲルの基礎概念について」であり、そこではヘーゲル流の宇宙の大我に沿って生きる小我の自己という観念が考察されている。小我にとっての「自由」とは大我に沿った生き方しかない。全体主義のにおいがプンプンする。歴史の大きな流れには逆らえないという歴史主義に吉野作造も時代的に興味を持っていたものと考えられる。マルクス主義も歴史主義の一つであり社会主義、共産主義の到来を必然として信じこんでいる点で、決定論の一つと考えることが可能である。参照 カール・ポッパー 『歴史主義の貧困』中央公論社
 煩悶青年の系譜は大正時代になると大正教養主義となり、白樺派か゛中心となって、志賀直哉の「城の崎にて」で「近代的自己」は死を意識する中にある生として理解されるようになる。このことについては稿を改めて述べてみたい。




                              2024.2.26  月曜日

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