文化と文明 もともとはドイツとフランスの概念
文化と文明
文明と文化はともに 18 世紀後半にフランスで作られた言葉である。文明 civilization は主に啓蒙主義者とエコノミストによって広められたが、文化 culture は言葉としては 13 世紀から存在し、土地の「耕作」や家畜の「世話」の意味から現在の意味に転化し、18 世紀後半に独立概念として使用されるようになった。
文明、文化という言葉・概念は 18 世紀末から 19 世紀にかけてフランスからヨーロッパ諸国に広まったが、文明がフランスからイギリスやアメリカなどの先進国に広まったのに対して、文化はドイツを中心にしてポーランドやロシアなどの後発国に広まったという相違がある。文明概念が旧制度(絶対王制)の弊害を指摘し、それに代わる新国家(国民国家)を構想する中で設定され、人類の進歩(未来)と普遍性を強調するようになったのに対して、文化概念は人間生活の多様性と個別性に力点を置き、物質的な進歩に対して精神の優越を強調するようになり、未来よりは過去(伝統)が重視される傾向があった。文明はフランス型国民国家の価値観を表す国民的イデオロギーとして定着した。他方、文化は新しい国民国家の建設を模索していたドイツによって選択され、その独自の価値観を表明した。ドイツ・ロマン主義やフィヒテの「ドイツ国民に告ぐ」はドイツの文化概念がフランスとの対抗的関係の中で成熟していった例である。
文化概念は先進国に対する後発国の自己主張として第二次世界大戦後、第三世界の多くが文化=民族概念を強調することになったが、元来、文明と文化はヨーロッパの国家形成運動の中から生まれた双子であり、文化が優越性を確信すると普遍主義=文明に転化するし、その覇権を失うと文化主義に転換する。
補足ノート
日本語で、文明と言えば、物質的なものを指し、文化と言えば、精神的なものを連想する。文化には、何か精神的でいいもの、伝統、芸術などが関連づけられる。柳父章氐の言う「カセット効果」(カセットは宝石箱の意。)である。このことについては、あらためて言及します。
2022.8.30 火