藤田昌志 比較文化のブログ

和・洋・中を比較文化学的に考察する。トピックは音楽、映画、本の紹介、歴史、文学、評論、研究等 多岐にわたる。

吉田茂の「国葬」       戦後、総理大臣経験者を対象とした「国葬」が行われるのは1967年の吉田茂氏以来55年ぶり


吉田茂の「国葬」      戦後、総理大臣経験者を対象とした「国葬」が行われるのは1967年の吉田茂氏以来55年ぶり
 1967年、当時、私は京都市中京区の初音中学校の一年生だった。吉田茂の国葬のことはうっすらと覚えている。13歳で、担任は京大数学科を出た変わり種の数学の先生で、ポンというあだ名だった。腹がポンと出ているからそう呼んだのだと思う。吉田茂国葬の日は、半ドンで帰ったように記憶する。
 吉田茂と言えば、「バカヤロー解散」で有名で、イギリス文化を好んだということぐらいしか知らなかった。ポンは「皆さん、今日は家に帰って、静かに吉田茂さんのことをしのんでください。」というようなことを言った。なにをしのぶのだと言いたかったが、当時は、そんなことを言うと、ちょっと来いと言われて、ビンタをくらう。動物と飼育係のような関係が生徒と教師の関係だった。 
 半ドンになったから、しめたというような意識しかなく、吉田茂に対する敬意などは全くなく、ほかの同級生もそうだったと思う。
 あれから55年、少しは知恵もついて、世間の荒波にももまれ、自民党の栄枯盛衰を見てきて、「国葬」って、えらいさんが勝手にすることだなと言う傍観者意識が強い自分に気づいている。
 原発平和利用の根拠となる法案を作った、それも第五福竜丸被曝事件のあった1954年に法案を作って国会で通した中曽根康弘氏か゛国葬にならなかったのは当然だが、防衛庁を防衛省にしたり、海外軍事支援ができるようにした法案を通したり、原発をベトナムに売ったり、森かけ問題、園遊会の問題等、不誠実とうそまみれの安倍元首相が「国葬」になるのは許容しがたい。
 安倍元首相のこの10年で、日本は大学も文科省の言いなりになる率が高くなり、ダブルディグリーで軍事研究も予算がとれるから、どんどんやっている。四割非正規雇用も安倍元首相の下で行われている。
 アメリカのポチとなり、「自由で開かれたアジア太平洋地域を守る」政策で、隣国との友好的外交は全くしない。隣国との軍事的不安をあおり、軍需産業を伸ばして経済発展に結びつけようとしているのではないかと真剣に思う。北朝鮮拉致問題もこの10年、無策である。頭の悪いマイルドファシズム、それが安倍元首相への私の評価である。


 安倍「国葬」報道の実態を見ておこう。今はそういう気持ちである。 
    犬HKは、淡々と安倍「国葬」を報道している。同時中継で。
 TBS系の毎日放送はダイジェストで、朝日放送は同時中継、フジテレビ系はドラマを放送し我関せず、読売系はダイジェストで放送している。
 戦争反対、国葬反対の2600人のデモが行われていると、読売が報道している。

 阿倍元首相の功罪をテレビははっきりとさせない。安倍氏は経済発展をまだできると思っていたのが根本的な間違いで、富の分配の是正を考えなかったのが四割非正規雇用を生んだ。三本の矢は、なんらの経済効果もなかった。

 トランプのポチになって日本の国際的地位は上がったが、古い国家主義からの価値判断にすぎない。私は評価しない。今、必要なのは新しいパラダイムだ。拝金主義でない新しいパラダイムが必要だ。

                          2022.9.27    火

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