藤田昌志 比較文化のブログ

和・洋・中を比較文化学的に考察する。トピックは音楽、映画、本の紹介、歴史、文学、評論、研究等 多岐にわたる。

川本三郎(1997)『大正幻影』ちくま文庫  紹介

       


    川本三郎(1997)『大正幻影』ちくま文庫  紹介
 1990年10月、新潮社より刊行されたものの文庫版である。
 川本三郎氏のエッセーは京都新聞の「現代のことば」で不定期掲載されていて、注目していた。やさしさと緻密さ、勘・センスの良さが感じられるエッセーを書く人である。
 本書も大正時代を、明治と昭和の間の(少なくとも関東大震災までは)「小春日和のような比較的のどかな時代」(p.314)とし、大正時代の作家の「支那趣味」は文明開化、明治日本へのささやかな批判でもあるとし、日清戦争で勝ってからの政治的・軍事的優越感と歴史的・文化的敗北感の微妙な複合が「支那趣味」の裏には隠されている(p.178)とする。また「支那趣味」は新しい国、アメリカへの憧憬と古い国、中国へのノスタルジーがないまぜになった、大正モダニズムの一表現だった(p.182)と、深い認識を開陳している。
 次のようにも川本氏は言う。大正の「支那趣味」とは明治の「漢文を楽に読む」青年への敬意に基づいた一つの“ルネサンス”であり、もう一度「漢文」「支那文学」を読み返そうとする古典への回帰・古典の復興であり西洋化・近代化に対するささやかなアンチテーゼである(p.171)。
 谷崎潤一郎、芥川龍之介、佐藤春夫、木下杢太郎、横光利一、彼らには「支那趣味」という一つの流れがある(p.168)。
 西洋近代への反発と中国への政治的・軍事的優越感と歴史的・文化的敗北感のないまぜとなった「支那趣味」について、川本氏は明晰な探求を行っている。
 本書はサントリー学芸賞を受賞している。
 マスコミのステレオタイプな無責任な報道の尻馬に乗って、中国について浅薄な自己の無知を露呈するより、まともな過去の研究書、言説を読むことから考えていきたい。日本、中国、コリア、アジア、世界と関係書を読んで考えていくと、軽々なことは言えなくなる。単純な過去の日本賛美、否定のどちらにも与しないありかたへの道程は長い忍耐の道程である。そこにこそ未来へ通じる道がある。


                              2023.5.17 水曜日

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