藤田昌志 比較文化のブログ

和・洋・中を比較文化学的に考察する。トピックは音楽、映画、本の紹介、歴史、文学、評論、研究等 多岐にわたる。

いただきます  はなぜ言うのか?       2024.3.2

         いただきます はなぜ言うのか?
  ある県で、保護者が学校に電話してきた。「給食の時、子供たちにいただきますと言わせるのはやめてほしい。」教師がなぜかと問うと、「給食費を払ってるんだから」と言う。実際にあった話。
 天ぷら屋さんで聞いた話。母親と娘が「いただきます」を言おうとしたら、父親が「言わなくていい。金を払うのは俺だから」と制した。給食費を払ってるから、という保護者と同じ次元。
 別の学校で保護者がクレーム電話をしてきた。「給食の時のいただきますは宗教行事みたいだからやめてほしい」。教師側もそれを認めたが、いただきますを言わないと一斉に食べられないから、合図として笛を吹くことにしたと言う。
 村上信夫氏がある小学校で子供たちに講演した時、「いただきます」の意味を尋ねたら、みんな元気よく手を挙げて答えてくれた。「いのちをいただくからです!」
 人間は昨日まで生きていた動物や魚の命をいただかないと、生きていけない。だから、「みなさんの命を私の命にさせていただきます」なのだ。
 「いただきます」は、命をいただくありがたさに気づきを与える言葉なのだ。


    京都新聞 夕刊 現代のことば 2024.1.9 「いただきますは給食の合図!?」村上信夫(ことば磨き塾主宰、元NHKエギゼクティブアナウンサー) 内容要約、文責筆者。


      ノート
 ひねくれて「いただきます」は他の命を犠牲にすることの免罪符なのかと言うことも可能だ。こうしたエッセーを書く人はそこまで考えないし、言おうとしない。NHKの人とはそういうものだろう。
 他の命を犠牲にしてしか生きていけないことに疑問を持つ人はビーガンにもなるだろうし、食品ロスをしないように工夫もするだろう。
 私は最近、粉末顆粒だしを使わないようにしている。これも無駄を出さない工夫だ。
 水2リットルか3リットルに昆布と干しシイタケ3つぐらい、カツオブシ適量を入れて、二、三時間か一晩放置したもので、煮物や澄まし汁、野菜汁を作る。料理酒やしょうゆ、みりんは適宜入れる。料理研究家の大原千鶴さんも同じようなことをしていると言っている。そうすると、野菜の味がわかる。昆布や干ししいたけ、カツオブシにはそういう力があるように思う。
 無駄を出さない、今していることを疑ってみる、そういうことからロスはなくなっていくように思う。昔の知恵を見直すことも必要だ。


                          2024.3.2    土曜日








                            2024.3.2    土曜日

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