藤田昌志 比較文化のブログ

和・洋・中を比較文化学的に考察する。トピックは音楽、映画、本の紹介、歴史、文学、評論、研究等 多岐にわたる。

日本の「台湾ラーメン」

 中国南北酒菜 味仙 矢場店「激辛台湾ラーメン」


日本の「台湾ラーメン」
 今まで食べてきた中華料理を記憶の奥底から呼び覚ます。まず思い出すのは、50年ほど前に、母親が作ってくれた台湾即席ラーメンの味である。スープが非常においしかったのを覚えている。父の知人からもらったと言っていた。台湾ラーメンについては、14年前に台北に行ったときに食べた、大衆食堂のがおいしかった。少しスープが豚臭かったが、澄んだ塩味のスープだった。優しい味だった。蒋介石が大陸から台湾に渡るとき、故宮博物院の財物と腕のいい料理人をすべて連れて行ったという伝説があるが、あながちウソではないようにも思える。
 日本の名古屋の「台湾ラーメン」はひき肉とにんにく、ニラや唐辛子などを炒め、醤油ラーメンにトッピングした辛い麺料理のことで、今や、名古屋めしのひとつとして有名である。その発祥は名古屋の「味仙 今池本店」で、従業員のまかない飯を経て、1970年代に店のメニューに登場し、台湾の麺料理からはじまったので、台湾ラーメンと命名したとのこと。近年、話題を呼んでいるが、大陸の「独裁」イメージと異なる、「親日台湾」イメージもブームの追い風となっているのかもしれない。台湾で歴史保存物を見た時、“日據時期”と書いてあって、「日本占領時期」のことだとわかると、慄然とした。オランダ支配が過酷な差別的なものだったから、それよりましだったというだけで、京大農学部出身の李登輝氏も日本による差別はあったと言っている。
 食にまつわる思い出は、懐かしくもあり、自らの老いも自覚させてくれる。魯迅は『朝花夕拾』で、幼年時代に食べた甜瓜(まくわうり)などのおいしさに一生、自分はだまされ続けることだろうと述べている。思い出は甘美であると言っているのである。しかし、それはその人の頭脳の編集作用によるのであって、人生観、生きる傾向が影響してのことだろう。打ちひしがれていたが、これから、よりよい未来を生きようとする者にとって、過去はそれ以前とは姿を変えたものになるように思う。
                            2022.1.16    

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