藤田昌志 比較文化のブログ

和・洋・中を比較文化学的に考察する。トピックは音楽、映画、本の紹介、歴史、文学、評論、研究等 多岐にわたる。

漱石のユーモアと真面目さ


      一  高


漱石のユーモアと真面目さ
 漱石のユーモアがわかる有名なエピソードがある。ある日、漱石が一高で講義しているとき、剽軽な学生が「先生! このイン・グーッド・タイムというやつは、何ですか」と訊いたら、そのとき、ちょうど、授業終了の鐘が鳴り、漱石は「すぐ本を畳んで、『放課の鐘が鳴ると、質問があろうが、あるまいが、教師は、イン・グーッド・タイムに、部屋からさっさと、出て行った』と言いながら、一同の拍手を浴びて、さっさと教室から出てゆかれたりなどされた」(鶴見祐輔『一高の夏目先生』渡邉文幸(2019)『江戸っ子 漱石先生からの手紙 一〇〇年後の君へ』理論社 p.113)。(イン・グーッド・タイム=ちょうどいい時に)
 鈴木三重吉に1906年10月26日に送った手紙には、抜き差しならない漱石の真面目さが表れている。「僕は一面において俳諧的文学に出入すると同時に、一面において死ぬか生きるか、命のやり取りをするような維新の志士の如き烈しい精神で文学をやってみたい。それでないと何だか困難を避けて安易を選ぶようないわゆる腰抜け文学者のような気がしてならん。」三日前の10月23日に、狩野亨吉(かのうこうきち)に宛てて出した手紙では次のように言っている。「天授の生命をあるだけ利用して自己の正義と思う所に一歩でも進まねば天意を無駄にするわけである。私はこのように決心してこのように行いつつある。」
  漱石という人は特有の俳諧的文学と人間の内面描写文学の二つを持っていた人で、更に文明批評的な広い視野も持っていた人である。今でも決して色褪せないで、漱石文学は我々の前に存在している。
                     
                                      2022.2.13    日

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