藤田昌志 比較文化のブログ

和・洋・中を比較文化学的に考察する。トピックは音楽、映画、本の紹介、歴史、文学、評論、研究等 多岐にわたる。

鴎外と漱石


鴎外と漱石
 鴎外と漱石は和・洋・中に通暁していながら、方向が全然違う。
 鴎外は軍医であり、大日本帝国とともに歩んだ人である。基本的に官僚としての精神的ストレスを文学で昇華した。墓に「森林太郎の墓」以外の何も書いてはいけないと遺言したところに、鴎外の心中を察して余りあるものがある。鴎外の文章には法律家の文章のように理知的で透明な、無駄のない美しさがある。「雁」など、書生の淡い初恋という内容ではあるが、美しい文章で読ませる。鴎外の文章は怜悧である。『ヴィタ セクスアリス』など面白い内容のものも書いているが、基本は理知である。最後は歴史小説に沈潜した。あまりに枯れた最後であった。三島由紀夫が鴎外の文体を継承した。
 一方、漱石は、諧謔を基本とし、西洋の文学概念に疑問を呈し、「自己本位」の立場から様々な文体で小説を書くことに挑戦し、『二百十日』などは全編、会話で書かれているし、『坊ちゃん』は痛快青春小説である。『夢十夜』はおどろおどろしい。『道草』で自らを相対化した漱石(柄谷行人説)は、『明暗』で近代人のエゴの明暗を冷静な筆致で書き、その非常にリアルな心理描写は現在でも新鮮さを失わない。
 明治の偉大さの一つは、鴎外・漱石という、世界にもたぐいまれな和・洋・中の教養を持った文学者を産んだことにある。明治に光と影があるのは言うまでもないが、草創の息吹のような初々しさ、進取の気性を感じさせるのが明治の魅力である。


                                 

           2022.3.25  金

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