藤田昌志 比較文化のブログ

和・洋・中を比較文化学的に考察する。トピックは音楽、映画、本の紹介、歴史、文学、評論、研究等 多岐にわたる。

俳句 はいく


    

                       夏目漱石  句


 俳句   はいく
   俳句は 5 ・ 7 ・ 5  ご しち ご  の 17 音によって構成される定型詩である。江戸時代の中頃(17 世紀末頃)、松尾芭蕉 ばしょう が5・7・5と7・7を交互に繰り返す連歌    れんが の、最初の5・7・5(発句ほっく)を独立させて、「さび」(枯れた渋み)、「しおり」(おのずから句に表れた繊細 せんさい な余情)、「軽み」(日常的な事物に題材を求め、あか抜けしたおもしろみを見いだそうとするもの)を表現する、人生詩・自然詩としての芸術性を確立した。俳句という呼び名が一般に広まるようになったのは明治 20 年代(19 世紀末)になって正岡子規に始まる。本来の俳句の特色は、季節を表す季語を詠み込むことにある。俳句はその対象を客観的・即物的に描写するのであるが、実景を細かくそのまま描写することは不可能であり、対象の要点を押さえて省略すべきは省略することが不可欠であり、季語もその一つである。短い形式で自然の美や人の心を表現できるため、現在では俳句は世界的な広がりを見せている。(拙著 私家版(2018)所収『日本文化概論Ⅳ―キーワード篇―』より)


松尾芭蕉  松島や ああ 松島や 松島や
      秋深き 隣 ( となり)は何を する人ぞ
      旅に病(や)んで 夢は枯野を かけ廻めぐる
      山路来て 何やらゆかし すみれ草
      閑(しず)かさや 岩にしみ入る 蝉(せみ) の声
      五月雨(さみだれ)を あつめて早し 最上(も が み)川(がわ)


小林一茶
      すずめの子 そこのけそこのけ お馬が通る
      やせ 蛙(か゛える)負けるな一茶 これにあり


   ノート
 俳句は江戸時代、農民も詠んだという。現在でも俳句は盛んである。桑原武夫は戦後、俳句は芸術ではないと言い、俳句第二芸術論を唱えた。だれでも五・七・五にするだけならできるということだろう。軽妙な批判になれば、俳句は川柳 せんりゅう になる。俳句には季語が必要だが、川柳には季語が必要ではない。


 川柳
     ちょっと待て その一口が 豚になる
     ギョーテとは 俺のことかと ゲーテ言い
     赤信号 みんなで渡れば 怖くない
                                
                                                                                        2022.6.2   木

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