藤田昌志 比較文化のブログ

和・洋・中を比較文化学的に考察する。トピックは音楽、映画、本の紹介、歴史、文学、評論、研究等 多岐にわたる。

ブルース・ウィリス主演(2018)『デス・ウィッシュ』    復讐は許されるか?

ブルース・ウィリス主演(2018)『デス・ウィッシュ』    復讐は許されるか?
 昨日、午後7時―8時56分 BS4    ブルース・ウィリス主演(2018)『デス・ウィッシュ』放映。
   〔あらすじ〕シカゴの外科医(ブルース・ウィルス演じる)の妻と娘が自宅で数人の押し込み強盗に遭い、妻は殺され、娘は植物人間になる。外科医は、やがて押し込み強盗犯に復讐するために、銃を購入し、一人一人、犯人を射殺していく。最後は、娘の意識が戻り、犯人はすべて死ぬことになる。


 復讐は許されるか?平穏な日常が闖入者によって奪われ、家族を喪失する。被害者感情としては到底、許しがたい。死刑はそうした感情に基づいている。日本は復讐を信条的に認めている国である。死刑を執行している。
 映画で描かれるシカゴの街、底辺層の住むスラム街は、銃で人を脅して金を巻き上げたり、赤の他人の女性に、街で「いい体しているなあ。一緒に酒飲もうぜ。」と言い寄り、それを注意した主人公の外科医を殴る、蹴るする暴漢が日常茶飯にいるところである。
 外科医は一軒家の豪邸に住んでいる。底辺層には一生住むことのできない家である。嫉妬と憎しみが燃え上がる。最後の犯人が口封じのために外科医の家に外科医を殺しに押し込んできたときに、外科医は正当防衛で犯人を射殺する。映画は外科医のそれまでの無法の犯人射殺を無罪であるとするかのように、警察に検知させない形で終わる。娘はエリート大学に復帰し、平和は取り戻される。
 アメリカはおかしな奴がいるから自分の身は自分で守るしかない、銃で自分の身を守るのは当然だという考えが主流の国である。移民の国は金儲けしたかどうかが、成功したかどうかの基準だ。どうしようもない貧富の差。貧者の富裕層への嫉妬、怒り。そうしたものについて、映画評論家はテレビの前振り解説で何も語らない。
 我々はテレビ映画によってもどんどんアメリカ化され、洗脳されていっているのかもしれない。せめてそのことは自覚していたい。
 同名の『狼よさらば デス・ウィッシュ』は、チャールズ・ブロンソンによって1974年に映画化されている。アメリカでは、根深い「復讐」をテーマとする映画のひとつなのであろう。 
 それにしても、急に銃撃が始まるシーンが多すぎる。殺すのをなんとも思っていないようだ。いつものアメリカ映画だ。スティーヴン・セガールの映画もそうだ。面白いが。アメリカの自由の精神が生かされた映画を見てみたい。それは日本人の幻想なのかもしれないが。


                                2022.9.4  

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