藤田昌志 比較文化のブログ

和・洋・中を比較文化学的に考察する。トピックは音楽、映画、本の紹介、歴史、文学、評論、研究等 多岐にわたる。

コウラン伝

    

     コウラン伝
     時代背景
     始皇帝の母「趙姫」
 本名は判明しておらず、趙出身の女性であることから「趙姫」と呼ばれる。
歴史書「史記」によると、趙の都・邯鄲で人気の踊り子だった趙姫は、商人の呂不韋と出会い恋仲となるも、秦の王子・嬴異人に取り入ろうと考えていた呂不韋の策略により献上され、異人の妃となった。 間もなくして息子の政(後の始皇帝)を授かるも、秦が趙に攻め込んだことで身の危険を感じた異人は趙を脱出。残された2人は秦に恨みを抱く趙の人々に虐げられながら過ごすこととなる。やがて、異人が秦王に即位。2人も趙を脱出するが、異人が即位後わずか3年で没し、13歳の政が王位を継ぐことに。こうして政が成人するまで、政治の実権は太后である母の趙姫が握ることになった。
 同時に、呂不韋と再会した趙姫は密通を繰り返すようになるが、自分に災いが及ぶのを恐れた呂不韋は、嫪毐(ろうあい)という男をあてがい、自分の代わりに趙姫の相手をさせた。趙姫は嫪毐の虜となり、やがて隠し子が誕生。これが政の知るところとなり、嫪毐はクーデターを決行するが、失敗に終わる。 嫪毐は死罪、呂不韋も嫪毐を招き入れたという罪により追放され、趙姫も嫪毐と関わりをもっていたことから幽閉された。
 https://www.ch-ginga.jp/detail/kouranden/#history   参照。


  ノート
 コウラン伝 BS12  月・火 午後4-6時 放送。
 呂不韋は「史記」でも有名。策略家である。秦の権力を握ろうとする。
 中国では、男女関係も政略でとらえられ、自らが権力を掌握するための手段ととらえられてきた。愛情がないわけではないが、権力奪取が一番大切なようだ。
 もっとも、あまり汚い方法で権力奪取しようとすると、周りが認めない。「独裁」だって、明君の独裁は正当性があっても、暗君の独裁は、転覆の正当性を他の者に与えることになる。「独裁」と言っても単なる恐怖政治ではない。そういう国もあるが、いつまでも持ったためしがない。漢語の抽象的なイメージに騙されてはいけない。テレビマスコミの報道のように。彼らはワシントンの報道に随っているだけだ。


                              2023.8.4  金曜日

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